コラム:メンデルスゾーンのヨーロッパ旅行から読み解くユダヤ人差別
フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ(1809-1847)は、ロマン派の時代に活躍したドイツ系ユダヤ人作曲家である。彼が《交響曲第4番「イタリア」》(1833年)の作曲に取り組み始めたのは、父の勧めで行ったヨーロッパ教養旅行がきっかけであるが、それは、彼が20歳の時にベルリンで《マタイ受難曲》(1727年)の再演をし、大成功を収めてから数年間に渡って敢行されたものであった。以降、ヨーロッパ各地で成功を収める傍ら、ユダヤ人であることを理由に不当な評価を受ける事にもなった。ここでは、成功と、出来事、不当な評価に分けて、時系列順にメンデルスゾーンの教養旅行を振り返ってみよう。
このように、ユダヤ人であることが原因で何度も不当な評価を受けたメンデルスゾーンは、その度に傷付き、失望し、差別と決別することを強く願った。彼自身、有名なユダヤ人哲学者であった父方の祖父モーゼス・メンデルスゾーン(1729~1786)を尊敬していたため、ユダヤ人である事には誇りを持っていたが、それによって彼の音楽が否定されることには屈辱を感じていた。その結果、慣れ親しんだベルリンに見切りをつけ、家族と離れて外の世界に音楽を求めていったのだ。
教養旅行中、イタリアで合唱やオーケストラを指揮した際には、激しく混沌としたイタリア人気質にはあまり馴染めなかったとされるが、輝く太陽、暖かい気候などといったイタリアの素晴らしい自然や、人々の楽しく愉快な生活はメンデルスゾーンの創作心をくすぐり、先に構想を練り始めていた《交響曲第3番「スコットランド」》の着想が思い出せないほどであったという。《交響曲第4番「イタリア」》の中には、そんなイタリアの明るい雰囲気がたくさんのモチーフとなって生かされているが、それは若き作曲家が外の世界に求めた音楽そのものであったのではないだろうか。
文責:原田美砂(声楽専攻二回生)
参考文献
・国本静三「メンデルスゾーンの生涯と作品」
<http://pietro.music.coocan.jp/storia/mendelssohn_vita.html>(最終閲覧日2020年10月29日)
・高井万寸美「R・ヴァーグナーの論文『音楽におけるユダヤ性』に見られる表象としてのユダヤ」『
早稲田政治公法研究』第89巻(2008年)、13-25頁。
・高屋千尋「裕福な生涯を送った優等生メンデルスゾーン」<https://atelier-eren.com/mendelssohn/>(最終閲覧日2020年10月29日)
・ひのまどか『メンデルスゾーン―――美しくも厳しき人生』リブリオ出版、2009年。
・星野宏美「メンデルスゾーン(ピティナ・ピアノ曲辞典)」<https://enc.piano.or.jp/persons/363>(最終閲覧日2020年10月29日)

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