コラム:F.メンデルスゾーン作曲《交響曲第4番「イタリア」》とその名盤 第一回(全三回)


クラシック音楽には聴いておくべき「名盤」がある。メンデルスゾーンの《交響曲第4番「イタリア」》はいわゆる有名曲の一つで、演奏・録音される機会が比較的多いことから音源の種類も多く、特にトスカニーニ盤を筆頭に、イタリア人指揮者らの音源に名盤と呼ばれるものが多い。つまりイタリア人指揮者達の名刺代わりの一曲とも言えるが、そうした音源は語り尽くされているので、ここでは極めて私的なチョイスにより音源を紹介する。

1.オレグ・カエターニ(1956-)&ロベルト・シューマン・フィルハーモニー管弦楽団(録音:1988年)

 カエターニは、20世紀を代表する名指揮者イーゴリ・マルケヴィチ(1912-1983)の子息で、主に欧州とオーストラリアを中心に指揮活動を行っている。日本では東京都交響楽団へ定期的に客演しており、特にショスタコーヴィチを中心とした演目で好評を博している。


さて、《交響曲第4番「イタリア」》には「183334年改訂稿」(以下、改訂稿)が存在しており、この音源ではその楽譜が使用されている。1833513日にロンドンで行われた初演は大成功したにもかかわらず、その後メンデルスゾーンは改訂を決意する。しかし、契約上の都合で初演譜をすぐに作曲の依頼主(ロンドン・フィルハーモニック協会)から返却してもらうことが難しかった。そこで彼は記憶とメモを頼りに改訂作業を開始し、18379月までに第一楽章以外の改訂作業を終えた。ところが速筆であったにもかかわらず、第一楽章の改訂だけはついぞ完成させることができなかった。仕事に忙殺され、次第に関心が薄れていったのも大きな理由の一つであろう。ただ事情はそれだけではないようで、メンデルスゾーンは1834626日付けの手紙の中で次のように語っている。


1楽章だけは今回、書き起こさなかった。というのも、いったん手を付け始めたら、第4小節以降主題全体を変更することとなり、それに伴って、第1楽章全体を大きく変更せざるを得なくなると恐れるからだ。


改訂稿について手短に説明したが、詳細は音楽之友社から出版されているミニチュア・スコア『メンデルスゾーン交響曲第4番イ長調作品90』において、メンデルスゾーン研究の第一人者である星野宏美氏(立教大学教授/日本メンデルスゾーン協会顧問)が解説している。


つまり改訂稿と明記されている音源は、第一楽章のみ初演稿であり、それ以降は改訂稿による演奏ということになる。


問題は改訂稿の中身だ。私は初演稿より格段に牧歌的で農村的な雰囲気が強調された素朴な曲に変化したと感じる。第二楽章における主旋律の簡素化、第三楽章中間部におけるトランペットとホルンによる牧歌的な掛け合いの延長、第四楽章におけるオーボエやクラリネット等の木管パートの演奏頻度の増加、及び後半部分の拡大等は、聴いて比較するだけでも違いが把握できる。そうした改訂箇所がすべて、初演稿に比して野暮ったいのである。恐らくカエターニもそういう性格を感じ取ったのだろう。そうでなければ第一楽章から少し遅いテンポを採用し、一音一音丁寧に、かつ強拍(小節の頭)とフレーズを強調したやや腰の重い演奏に仕上げたりはしないだろう。


この音源の最も評価すべき点は、改訂稿の持つ「鄙び」を、本来なら明るく洗練された音楽である第一楽章にも適用し、全楽章を通してイタリアの農村風景を聴き手に想起させるような交響曲に仕立てたことである。また、両端楽章におけるティンパニの硬質な音色による強烈な打ち込み、全楽章で活躍する木管群(特にオーボエ)の郷愁を誘う透き通った音色は、この演奏独自の特色である。


ロベルト・シューマン・フィルハーモニー管弦楽団は、ドイツのケムニッツ市、及び、ケムニッツ市立歌劇場に所属するオーケストラで、1833年に設立された老舗楽団である。ベルリン・フィルのような洗練された音を持つオーケストラとは違い、洗練された音ではないが、独自の魅力ある音を持つドイツの地方都市の楽団を起用したのも、この音源が改訂稿の名演奏として成立した理由の一つだろう。

楽団公式HP: https://www.theater-chemnitz.de/philharmonie/philharmoniker



文責 齊藤浩一(音楽学専攻二回生)



参考文献

・『メンデルスゾーン交響曲第4番イ長調作品90』音楽之友社、2012

・ハーバート・クッファーバーグ『メンデルスゾーン家の人々――三代のユダヤ人』横溝亮一訳 東京創元社、1985

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